庭の楽しみは、国の平和があってこそ

ガーデンデザイナー、有限会社白井温紀ガーデンデザイン事務所代表

白井温紀

 IFLA japanの皆さん、初めまして。私は、2011年に、井上忠佳さんのご紹介により、入会させていただきました。実は、入会の前年に「北海道ガーデンショー」に招聘され、IFLA japan会長の高野さんにお目にかかりました。当時、高野さんは、ガーデンショーのディレクターとして、次のような高邁な理念のもと、計画を進めていらっしゃいました。――「自然との対話」「北海道の庭」「人類と自然の未来」

 北海道ガーデンショーは2012年6月~10月に開催され、来場者数20万人以上を達成し、大成功裏に閉幕しました。その会場で、2年にわたり造園に携わった私は、自らの専門であるガーデンデザインという仕事に、新たな意義と可能性を見出すこととなりました。

*2012年、十勝千年の森で開催された「北海道ガーデンショー」に展示された作品。『あなたに会いたくて――楡の木蔭の庭で』。十勝の馬文化に着目し、馬を飼う家族の物語を題材に構想。畑も設け、食文化を尊重した庭となった(撮影:大泉省吾)

 

 庭と自然はひと続きで、庭は命を育み受け継ぐ場である・・・それは、当たり前のことながら、庶民の庭ではことさらに認識されることがなかったように思います。多くの日本人が、あの3.11以来、自分の命だけでなく、地球上の様々な命について、以前よりずっと真剣に考えるようになりました。では、私には、何が出来るでしょう。

 私は、長く関東圏で個人住宅の庭造りに関わりましたが、ある転機から、「平和」をキイワードに庭の計画・デザインをするようになりました。平和とは、そこに住まう家族の平和な暮らし、近隣との調和、地域の平和な景観・・・と広範囲に及びます。

 このたびIFLA japanに入会させていただいて、「夢は何ですか?」と問われれば、それは、大きく、「国の平和」です。歴史ある組織で、経験豊富な先生方がいらして、未来を担う有望な若い方々が控えていらっしゃる。広く世界を見渡して自然と人間のより良い未来を考えるIFLA japanなればこそ、足元の日本という国の行く末も、お考えでしょう。そのような思いから、私の夢、小さな庭造りから見た「平和」について、お話しさせていただきます。

 

 あれは、10年前の春のことだ。朝日新聞に、在日イラク人のインタビュー記事が載っていた。イラク戦争のさなか。故郷に残してきた実家や、家族について語っていた。不安げな顔写真、戦場になるのではと懸念されるバグダッドのこと、そこから程近い故郷のこと・・・その中で、庭を語った何げない言葉が、目に飛び込んできた。

 「ナツメヤシの林の中に二階屋が建つ。庭にはレモンやイチジクの木が植わり、隅っこにナンを焼くかまどと井戸がある。西に300メートルほど林を抜けると、水牛が群れるユーフラテスの大河に出る。」

 バグダッド近郊では、よく見かける光景なのだろうか。その言葉は、不思議な懐かしさと安らぎで、私の心を満たした。まるで、グーグルの航空写真で、その国に、地域に、町に、その庭に近づいていくように、見知らぬ土地なのに、地球上の位置や、地形や、地質や、周囲の環境が、鮮やかに見える気がした。

 遠い異国の、庶民の庭。それは、滅多に見られるものではない。普通の人々の、庭での暮らし。それを知りたくて、私は、彼の庭に思いを馳せた。彼は、その家で生まれ、その庭で家族と過ごし、成長したのだ。何げない庭だけれど、彼にとっては、いつの日か、そこへ帰る日を思うことで、生きる力が得られるに違いない。子供時代の庭とは、そういうものではないか。私は、そう信じている。

 その後、彼の町は戦場になってしまった。彼の心の中の庭は、大丈夫だろうか。その不安は察するに余りある。悲しい話だ。私たち庶民にとっては、家庭の幸福も、庭の楽しみも、国の平和があってこそ、なのだ。


左:2000年「第1回東京ガーデニングショー」テーマガーデンにて、白井が手掛けた『洗濯物の似合う庭』。家庭の平和をテーマにつくられた庭は幅広い世代の共感を呼び、NHKテレビ「トップランナー」でも紹介された(撮影:白井温紀)

:同じく白井の『食卓を囲む――家事を楽しむ庭』。テーマガーデンは『心の中の鎌倉』と題され、12の庭すべてに鎌倉の材料と意匠が用いられた。この作品は、料理家・辰巳芳子さんの随筆をヒントに、鎌倉の何げない台所続きの庭をデザインした (写真提供:農文協『現代農業増刊』)

 

 普段の日々に過ごす平和な庭は、どの国・地域であっても美しいと思う。その土地らしい、その町の歴史や生活を含めた風土が息づいている、暮らしとともにある庭。いつの間にか忘れられ、でも、いつの日か懐かしく思う、穏やかで優しい庶民の庭。

 

 庭を造るとき、私は、その土地の自然と文化に寄り添って想を練る。そして、そこに、住まい手の希望や、心の底の思いを投影しながら与件を整理していくのだが、ときには、混乱をきたすこともある。そんなときは、本を読む。自分の頭の中を整理してくれる本。世の中を、より鮮明に見る手立て教えてくれるような本だ。

 たとえば、最近は、伊藤 真 著「憲法の力」。改憲派の主張について、分かりやすく書いてある。目から鱗で、多くの人が常識だと思っていることが、非常識。そうしたことは、自然相手の仕事をしている人なら、お分かりだろう。

 私の手がけた庭も、皆さんが内外で創られた庭や風景も、戦争になったら、一番に、無用の長物となってしまう。憲法九条を守りたい。IFLA japanが、積極的に平和を守る団体であってほしい。まずは、憲法九十六条を守らなくては。平和な世の中に安心して暮らせること、それが私の、大きな夢だ。

白井 温紀 Shirai Haruki

1991年、英国The Inchbald School of Design卒業、最優秀デザイン賞受賞。家庭の和に役立つ庭造りを信条としている。2000年第1回東京ガーデニングショーのテーマガーデン監修。2003年~英国王立園芸協会日本支部コンテナガーデニング専門講座講師。2012年北海道ガーデンショー招待作家。造園の他、2012年より一般社団法人湿原研究所で北海道湖水地方のフロラ調査に携わっている。 (撮影:大泉省吾)