元気に挑戦を

特定非営利活動法人 環境再生 理事長

坂本新太郎


環境の時代と言われて久しい。日本の未来を揺るがしかねない少子化が大きな社会問題となっている。また景観法の制定に伴い景観論議も盛んである。景観法を所管する国土交通省では公園緑地課が所管することとなり、課の名称を公園緑地・景観課と改めた。

一方眼を転ずると環境や子どもの遊び、また景観に関するシンポジュウムなどが盛んに開かれている。しかしそのような場のパネラーなどで造園家の名前を見つけることはあまり多くない。どうしたんだいなぜもっと出てこないのかいと問いたい気持ちになることがある。近くは325日の都市計画学会メールニュースで(地下化する)小田急上部空地と羽根木公園や北沢川緑道などが含まれるグリーンサークルに着目したトークセッション開催のお知らせがあった。しかしこのセッションに参加する7人のなかに造園家はいないようである。造園の話題がそれだけ広く一般化し、だれでも議論できるようになった喜ばしいことなのかもしれない。しかし専門家はどこに行ってしまったのだろうか。

■歴史の大切さ

歴史と書くと大げさであるがこれまでの数十年、あるいは100年くらいの間の造園に関する出来事である。各地あるいは各地方で、特に戦後の約70年の出来事とそれに関係した人、そこに経済、社会の実態とを一体化させて捉えておくことが基礎知識として必要であろうと思われる。昨年の12月から今年の1月にかけて東京の日比谷公園の緑と水の市民カレッジで催された『東京の緑をつくった偉人たち~戦中戦後の激動から環境先進都市東京へ~』展はひとつのモデルであろう。このような作業のなかから自らの足場の確度と今後の活動に向けたヒントが得られるのではないか。

■先人たちの残した大きな財産

札幌のモエレ沼公園、豊橋の無剪定街路樹ほか全国には多くの公園や庭園、造園資産で先人の残したすぐれた財産がある。また佐藤昌先生が立法された都市公園法、塩島大さんが尽力された国営公園、政界のトップのご指導で成立した明日香特別立法、そのほか多くの制度がつくられて今にある。

これらをしっかりと把握し、大いに活用しなければ勿体ない。それぞれの人は皆わかっているつもりで、しかしアバウトになっていないか。

■時代の価値観の変化を読み取る

いつの時代もその時代ごとの一番優先する価値観がある。私の最も強烈な印象は1960年の所得倍増計画とそのキャッチフレーズ『10年で所得を2倍にします』である。当時所得が2倍になるということはまさにバラ色の夢であった。そして3種の神器 テレビ、洗濯機、電気掃除機を揃えることが憧れであった。そのためにみな一生懸命に働いた。しかしこれらが揃うと次に3Cという目標が出てきた。Car, Cooler, Color TV である。ひきつづき一生懸命働いた。このころ経済成長率は毎年6%から12%(平均10%)であった。価値観のトップはお金(所得)であった。その後1974年にオイルショックが襲い、日本は一気にマイナス成長、引き続く永い低成長に陥った。ここで人々の考えが変化していった。人間はお金だけで生きるのではない、もっと大事なもの、文化、人間性、そして生命こそ最も大事なものではないか、その健全な成長こそ最も重要であるとの主張である。

このような時代の中で生命というものを正面に出して企画されたのが国際花と緑の博覧会であった。人々の価値観のまさに転換しようとする時点を捉えたこの博覧会は、これこそ『待っていたものが来た』との評価で大成功を収めた。最初の首謀者は建設省公園緑地課の面々であり、ただちに関係各方面の広いご指導、ご支援を得て幾多の困難の末開催にこぎつけた。博覧会後、世間はさらに緑の時代、地球環境時代へと移ってゆき、公園緑地の整備や都市緑化の一層の進展、また屋上緑化や壁面緑化など従来植栽が不可能と思われてきたところへの植物の導入が脚光を浴びてきた。

いまの造園界に求められているのは次の時代の価値観の把握ではないだろうか。ひとつのキーワードとして古くて新しいテーマ『子ども』と『心身の健康』を提案したい。

■日英博覧会の遺産の保全

1910年に英国ロンドンで日英博覧会が開催された。永年課題となっていた日米博覧会をさしおいての開催であった。背景は改訂を控えた日英同盟への英国民の関心の低下であった。時の駐英大使小村寿太郎はその状況を危惧し英国民の関心を高めるため博覧会の開催を企画し本国に強く要請した。きわめて短い準備期間ながら充実した博覧会が実現し、800万人という当時としては最大の入場者を得て成功し、また日英同盟は無事改定を終えた。この博覧会で地上の出展施設であって残されたものは京都館の入り口施設の勅使門と甲庭園(平和園)とであった。勅使門はキュウガーデンに寄贈され、甲庭園は現地に残された。いずれも長い年月を経てきわめて老朽化がすすみ荒廃していった。

このうち勅使門については1995年からキュウガーデンと(財都市緑化技術開発機構(現(公財)都市緑化機構)との共同事業として修復がおこなわれ、さらに箱根植木()のご協力を得てその周囲に日本庭園が新設された。もう一つの甲庭園は2007年から地元管理者であるハマースミス&フラム区とNPO環境再生との共同事業としてほとんど新設に近い修復を行い日英博100周年になる20105月に竣工した。

いずれも民間サイドの事業であり政府が関与する事業に比すれば規模は小さいが日英友好に果たした役割は大きいと感じている。この2例は英国における事例であるが世界にはまだまだ多くの需要があるものと思われる。各位の果敢なご挑戦を期待したい。

■日本庭園要素技術解説書の刊行

日本庭園技術は日本の造園家の基礎技術であり世界に活躍する際の一大特色であろう。その内容は個別の基礎技術と全体を構成するデザイン力である。

英国に限らず各国で日本庭園の技術が判らないので日本庭園の管理がうまく進められないとのお話をよく聞く。ロンドンの著名ないくつかの書店で調べたところ、日本庭園の本は各店とも7~10種くらいは棚に並んでいるがほとんどすべてが日本庭園の風景写真であり、個別技術やデザインの進め方を解説したものは私の接した限り1冊だけであった。また価格はいずれもかなり高く30~60ポンドくらいであった。

NPO環境再生では、たとえば英国の各家庭などに無償で配布できるような日英両文の日本庭園要素技術解説のようなものを出したいと考えている。例として関守石を取り上げるとすれば、文章をきわめて短くし、写真と図で説明し、必要であれば「行為の規制を力ずくでなく精神面あるいは道徳感で行う文化」を説明する文章を記事の下段に囲み記事で掲せるなどである。ロンドンの石屋さんでは中国製のTobeishi(飛び石)やKasuga(春日燈籠)などがたくさん並んでいた。

この要素技術解説書の刊行事業にご関心のある方のご参加をぜひお願い致したいと思っているしだいである。

■社会正義と流行不易

雑誌「造園修景」№120 2013.3 にIFLA Japan 会長 高野文彰氏が寄稿されている。この論旨に私は賛成である。特に「大義が必要」との項は特に重要と考えている。私は此れを「社会正義」と「流行不易」と称している。何事も社会正義に叶っていなければ成功しないのではないか、ということと、常に時代は動いており(流行)それを読むことと、しかし変わらない根底(不易なるもの)があるということである。

しっかりした基礎を持ち、しかし時代の動きをよく読む こういう心掛けが必要なのではないかと考えている。

坂本 新太郎  Shintaro Sakamoto