IFLAと台湾訪問の思い出

 日本石産株式会社 取締役

廣川 牧

「これからは、ランドスケープ・アーキテクチャーの時代」

 父が、今私が務める会社の設立に向けて準備を始めた当初、度々口にしていた言葉でした。今からちょうど、二十年前のことです。

 当時はその言葉を他人事の様な気持ちで聞いていましたが、欧州の展示会へ視察に赴いたり、地下足袋を履いて庭師さんの元で働き出したりと、造園に纏わる世界へ足を踏み入れる為に、業界について学ぼうとあれこれ動き出した父の姿から、冒頭の発言に対する確信と信念が父なりにあるらしいという事は感じていました。

 ちょうどその頃、自宅を埼玉県の自然溢れる秩父長瀞へ移しました。これまで実現出来なかった広い敷地の庭を、実験的に好き勝手に弄っては毎日を楽しんでいる父とは裏腹に、友人達や街での買い物を恋しく思った私は、見渡す限りの緑の生命力に圧迫感を感じましたが、長瀞の自然の景観を落ち着いて眺める余裕が出来た頃には、その美しさに心を奪われる時間も増えて行きました。その間、ガーデンオーナメントを輸入する会社が正式に立ち上がり、私は父の手伝いをして行くうちに、自然に会社に加わりました。

 そんな風に始まった会社は、ランドスケープデザインの一翼を担いたいという願いのもと、商材のバラエティーも徐々に増やして行きました。

 そして私自身にとっても、「ランドスケープ・アーキテクチャー」という言葉が、その本質には神秘性を帯びたまま、いつのまにかとても身近な存在となっていた頃、会社の舵を取っていた父がこの世を去りました。

 

 父が居なくなりまず初めに気が付いた事は、自分は造園の業界について何も理解していないということでした。

 要領を得ないまま、事務所内での電話対応から、電話の向こうの現場側へ足を運ぶことに決め、外に出て色々な方とお会いする機会を増やすことから始めてみました。外で人と関わると、自分の足りない部分が浮き彫りになり、毎日は新しい発見の繰り返しで新鮮したが、比例して恥と申し訳なさの気持ちでもいっぱいになりました。そしてIFLAに出会ったのは、そんな風に手探りの模索がまだまだ続いている最中の事でした。

 

 IFLAとはランドスケープ・アーキテクトの団体であるということ以外は、あまり良く分かっていませんでしたが、私でも入会が出来ると知ってからは大いに興味が湧きました。会員になって交流が広がれば、造園の世界に関しての色々なお話が聞けて、現場の常識が理解出来るようになるかもしれないと、組織についての認識は漠然としていながらも、具体的な強い期待を寄せました。そして実際にIFLAに入会し、予想以上のものを受け取る毎日が始まりました。

 

 まず感動したことは、業界関連のセミナーや懇親会などで、第一線でご活躍なさっている方々の生の声を聞くことが出来て、更に交流の機会が持てるということ、そしてもっと驚いたことは、そんな方達が、ご自身の幅広いご人脈を惜しみなく、ご紹介という形で私と繋げて下さることでした。これは、本当に嬉しかったです。 

 

 もうひとつの大きな出来事は、5月の台湾国際会議へ同行させて頂いた事です。

 これは、頂いた資料には「亞太地區景觀專業合作曁兩岸地區景觀專業發展研討會」と書いてあり英語では「The Conference of Landscape Professional Cooperation in Asia Pacific Region and The Cross-Strait Conference of Landscape Professional Development」とあって、正直にいうと意味が分かりませんでした。しかしながら、国際的な場所に於いての高野会長と三谷副会長の講演を現場で拝聴できるということ、もうひとつは興味がありながら未踏の地のままであった台湾へ行けるという個人的な欲求から、高野会長よりお話を頂いた時には、飛び付く様に行きたい旨のお返事をしました。その後は三谷副会長からも国立台湾大学の張俊彦教授へお願いして下さり、直前にも拘らず、私の追加参加を現地に於いても正式にお許し頂くことが出来ました。念願叶って台湾訪問が実現し、皆様への感謝と、嬉しさ一杯の気持ちで出発しました。


左:美しい生き物たちがたくさん集まる、国立台湾大学構内の生態池で休むゴイサギ

右:中国、香港、日本、台湾の代表と司会進行の歐教授

 

 台湾は初めて訪れる国だったので、あまり詳しい知識はありませんでしたが、日本の代表団の皆様と一緒でしたから、不安はありませんでした。台北に到着し、現地の方々に厚いおもてなしで迎えられ、初めは恐縮しましたが、皆様がどなたも本当に温かく接して下さったことと、自分の無知ゆえの野面皮さが相俟って、いつの間にか交流を心から楽しんで過ごしていました。

 また、張教授のことは、東京での講演を拝聴した経験があり、私の方は既に存じていましたが、講演の際にも滲み出ていた温かそうなお人柄が大変印象に残った御方だったので、改めて、こんな風にご挨拶が出来る形で再会出来た幸運に感謝の念が湧きました。

 

 他人からおもてなしを受けると、感謝したことや、ちょっとした有り難かった事など、印象に残った事が自分の中にたまって行きますが、そんな事が、次に自分がホストとなり、もてなす側になった時に、他人に何が出来るかということの発想に繋がって行くのだと思います。そんな風に人から受け取るたくさんの経験を、その後の自分自身の社交性の向上に繋げて行くことは、可能なのだと思います。特に異国に於いては、色々な国のおもてなしの風習や人々のマインドはそれぞれ大きく異なるでしょうが、思わず見習いたくなる、良い所というのが、それぞれ各国に必ずある筈と思うので、そういうところを吸収するつもりで、色々な国での交流を経験するのは大切なことと感じました。そして、自由な振る舞いの私の同行を寛大にお許し下さった、今回の日本代表団のメンバーの皆様には、この場を借りて心より感謝申し上げます。

 

 メインのカンファレンスは、台北市の中心部にある国立台湾大学に於いて開催されました。会場の席は埋め尽くされて満席となり、台湾、中国、香港と、アジア各国からの代表が講演してゆく中で、日本代表の高野会長、三谷副会長の講演は、大きな拍手と共に大盛況で終えられ、現地の方々の関心の高さが窺えました。

 全員の発表が終了した後は、学生達を交えての質疑応答の時間でしたが、これがまた、大変活気に溢れた、濃密で有意義な時間となりました。このとき、国立中興大学の歐聖榮教授が主に会場の雰囲気を司り、とても魅力に溢れる司会進行をなさっていたのが強く印象に残ったのですが、後に学生達からもとても慕われている先生だと知り、大変納得したのでした。今回ご一緒させて頂いた日本の代表団の方々も含めて、現地でお会い出来た全ての皆様に感じたことですが、最前線でご活躍なさっている方達というのは、世界共通して際立った魅力を携えていて、私がその様な方々と暫しの交流をさせて頂けたことは、又と無い貴重な経験でした。

 翌日開催されたディスカッションでは、前日のカンファレンスで講演をなさったアジア各国の代表が、再度台湾大学に集い、掘り下げた話し合いをする場となりました。そんな中に皆様と同席して、意見交換をしている様子をライブで拝聴出来るのですから、心の中では興奮気味でした。そして日本を代表する御二方が、飛び交う様々な意見に対してご自身の見解を淀みなく発言なさっている様子は、やはり背景にある経験の豊富さからの、引出しの多さが突出している様に感じ、真剣な会議の場所で不謹慎でしたが、本当に格好よく、釘付けとなりました。私のような、業種の違う立場から様子を拝見しているのは、それはそれで、違う立場での面白さというのがあったのですが、これはしかし、ランドスケープ・アーキテクトの皆様にとっては、特別な心境になるのではと想像していました。国際的に情報をシェアするシーンに於いて、結論が牽引されて行く部分でとても重要な情報を、日本の代表者から発信しているのですから、その現場をリアルタイムで目撃することは、同業者としての誇りが一層強いものになるのではないでしょうか。会議の内容は、後日に文書でサマリーを読めばとても分かり易いですが、今回、どんな質疑があったかというプロセスをライブで見られた事は、私にとっても決定事項に関する認識を大分変えてくれたに違いなく、台湾まで来て、本当に良かったと感じました。

 そして二日間を通した会議が、予てからの計画である「『国際資格の制定によるアプローチでランドスケープ・アーキテクトの職能に関する認知を高める』という目的の実現」に向けて、正式に各国のコンセンサスを得た舞台となったので、記念すべき瞬間をこの目で追えた、本当に貴重な体験となりました。

 最後は参加者全員の表情が一層和やかになった様に感じ、達成感に包まれた雰囲気で終了しました。

 残念ながら、皆様より一足先に帰国せねばならなかった私の台湾訪問はここで終わってしまうのですが、皆様のその後の旅程では、興味深い現場の視察が続き、更には温泉の堪能もあったと聞いて、とても羨ましく思いました。私は一人帰路につきましたが、台湾大学の、とても可憐な学生の女の子達が駅まで案内して下さったので、歩きながら色々なお話をしたことが良い思い出となり、旅の終わりにとても癒された気持ちになりました。

 

 色々なたくさんの新しい経験を通じ「ランドスケープ・アーキテクチャー」という言葉は、私にとっては引き続き神秘に満ちており、昔よりも一層興味の尽きない分野となりました。

 地元の長瀞の自然の景観の中では、人間の無力さと、自分の存在の小ささを毎日意識させられますが、でも街の中で、同じ人間が創り上げた美しい場所を訪れると、そこにもまた、自然界のエレメントを自在にコントロールする人間の生命力や、崇高な魂から成る作り手の美意識が、強い力を連想させて、自然と共存していく模範を示している様に感じる時があります。プロの皆様のお話を拝聴する中で、個人的な狭い視野を学術的な言葉で広げて貰える瞬間などは、堪らなく面白いと感じます。IFLAに入会して受け取ったことの大きさが、今、一番感謝していることとなりました。

 

 最後に、台湾訪問を含め、いつも多岐に亘る情報と贅沢なお勉強の機会を寛大に与えて下さる高野文彰会長、私の入会にあたって紹介者となって頂き、いつも幅広いご人脈で世界中の方々との貴重なご縁と、愉快で楽しい時間の経験を惜しげなく与えて下さる三谷康彦副会長、IFLAへの入会をご進言頂いた加藤花園植物場の加藤昭司様に、心より感謝の意を表します。

 そして、上記の御三方および業界で出会った全ての皆様方との、ご縁のきっかけを与えて下さった、有限会社安田建築設計+総合計画の安田祐嗣様へ、この場をお借りして特別な謝意を捧げます。

 また今の幸運へ導いてくれた亡父への感謝の気持ちを忘れずに、今後の精進を誓います。

 


左:和やかな表情での記念撮影

右:各国の代表者が全員サインをして終了

 

廣川 牧 Hirokawa Maki

日本石産株式会社 取締役/IFLA Japan 会員